見えない時期があったからこそ見える有難さを感じる

こんにちは。あつもりです。

今回は私の最近の見え方を書いていきます。

視力回復に取り組み始めてもう6年以上が経った。

はじめの1年は回復の変化が大きかったけど、その後少しずつ緩やかになった。

だけど、今でも少しずつ回復している体感はある。

体感的には、いつもは0.9、日によっては1.0以上見えている感じ。

メガネは家には置いていない。どこにあるのかといえば車のダッシュボード中。

車の運転しかメガネを使わないから。日常生活を送るうえでメガネがなくて困ることはないということ。

車の運転も昼間はメガネを使わない。

夜や雨などで天候が悪い時はメガネを使っていたのだけど、この前、雨の日に裸眼で運転したら問題なく運転できた。

今でも着実に視力が回復しているなと感じた時間だった。

遠くの看板の文字などを見ても、今までもよりもさらにクッキリと濃く見えるようになってきた。

パソコンを使うときは、かなりディスプレイを遠ざけて使っている。

ノートパソコンを机の端っこから少しはみ出すくらい遠ざけて置いて、椅子をできるだけ後ろに下げて距離を取っている。

腕をピンと伸ばしてキーボードが打てるくらいの位置。

この位置でで一宇文字が読みずらい箇所があるくらいかな。

こうやって今でもメガネを使わないで裸眼で見ていることを意識している。

今やっていることはほぼこれだけで、たまに景色や看板を見て見え具合を確認する程度。

目の疲れやドライアイなどを感じることもないし、コリや頭痛もない。体調もいい。

景色が鮮明に見えるっていいな、裸眼で見るって気持ちいいな、って感じている。

でもそれは見えない時期があったから感じられること。

視力が悪くなる前の見えていた頃は、見えることが当たり前すぎてそのことに気づけなかった。

だから今は、見えない期間があってよかったと思っている。

温泉に行くと何も見えない

ラーメンを食べるとメガネが曇る

コンタクトだからプールで目を開けられない

すぐに寝たい!でもコンタクトを外さなきゃ

コンタクトをしたまま寝て目がカピカピに乾いてる

朝起きてすぐにコンタクを目に入れる時の罪悪感

この服装にメガネが合わない

いろいろな不便な思いをしてきた。

でもそんな思いがあったから、今の生活が快適に感じるし、喜びも感じる。

そして、視力回復に取り組んでいる過程も大事だったんだなと思う。

なかなか変化が現れない日々。

本当に視力はよくなるんだろうか?

私には無理なんじゃないか?

やっぱり視力は回復しないのか?

今日は長い時間メガネを使ってしまった。

ここしばらくずっと見え方が悪い。

いつまでこの状態が続くのだろう?

そんな不安やイライラを感じてきた。

でもその日々があったから、今がある。

だから視力回復までの道のりも大事なんだ。

視力が悪くなって辛い思いをして、視力回復に取り組んで不安になって、視力回復して喜びや快適を実感する。

すべてが必要なことだったし、すべてをひっくるめて楽しかったな。

だからまだ道のりの途中であるなら、その道のりを味わっていこう。

私もまだ道のりの途中。これからもその道中を楽しんでいく。

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